大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和31年(う)525号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金三万円に処する。

もし右罰金を完納することができないときは金三百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人から金一万五千円を追徴する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中村栄治提出の控訴趣意書記載のとおりである。

右に対する判断

第一点、採証法則の違背のうち、

(一)  証人柴山昇尋問調書の証拠能力の点について。

同調書が、別件である右谷義雄にかかる公職選挙法被疑事件につき、裁判官の面前における証人柴山昇の供述を録取した書面であること、そして、同証人は、本件の原審第三回公判期日において、右供述と異る供述をしたため、検察官からこれを刑訴三二一条一項一号の書面として提出されて証拠調がなされたものであることは、記録上明白である。所論によれば、刑訴三二一条一項一号にいう「前の供述」には別件におけるものを包含しないというのであるが、その旨を明文をもつて定めた規定はない。

そこで、刑訴三二一条一項一号にいう「前の供述」には、別件におけるものを包含しないものと解すべきか否かの点を考察するに、ある事件の被疑者もしくは被告人は、別件の証人尋問には、これに立会して反対尋問を行う機会を与えられないのであり、また、刑訴一四七条一四九条所定の証人の証言拒否権の如きは、特定の被告人との関係によつて定まるのであるから、裁判官の面前における供述が、その事件でなされたか別件でなされたかは、訴訟における被告人の利害にも相当重大な関係を生ずる場合のあることはいうまでもない。

しかし、刑訴三二一条一項一号は、裁判官の面前における被告人以外の者の供述は、その供述が裁判官の面前で行われる点を特に重視し、かかる供述には高度の信用性の保障があつて、これを公判期日における供述に代えることのできるだけの証拠価値があるものとして、これに証拠能力を附与しているものと解されるのである。すなわち、当該事件におけるものであつても反対尋問を行う機会を与えられることは、刑訴三二一条一項一号の場合、証拠能力の要件とはされていないのである。従つて、裁判官の面前供述につき、反対尋問を行う機会の存しないことはその証拠能力を否定すべき理由とはならない。また、本件被告人と柴山昇との間に刑訴一四七条一四九条所定の身分上または業務上の関係の存しないことは、記録上明白であるから、本件においては、被告人との関係における柴山昇の証言拒絶権は全く問題になる余地がない。

して見れば、裁判官の面前における柴山昇の前記供述が、本件被告人の事件においてなされたか、別件においてなされたかはその証拠能力の有無を決する上に、何ら関係のないことがらであつて、右の供述が別件においてなされたという一事をもつてその証拠能力を否定すべき理由はないと解するのが相当である。論旨は採用の限りでない。

(二)  検察官の面前における柴山昇の供述の証拠能力の点について。

証人柴山昇の原審第二回公判における供述と、同人が被疑者として、昭和三〇年四月二日検察官岩下武揚の面前および同月三日検察官堀田貢の面前においてなした供述とを、比較検討するに、公判における供述は、被告人を目の前にしての供述であるために、被告人の不利益となる結果を避けようとする強い意図に支配され、ことさらに事実を枉げて供述した作為のあとが顕著であるのに反し、検察官の面前における供述には、右のような状況が見られないのであつて、かかる事情は、公判における供述よりも前の供述を信用すべき特別の情況の存する場合にあたるものと解すべく、原審が、検察官の面前における柴山昇の供述を採用したのは至当であり、証拠法則に違背した違法があるものとは認められない。論旨は理由がない。

第二点、事実誤認の点について。

原判決摘示の事実はすべて、原判決の挙示引用にかかる証拠によつてこれを認定するのに十分であり、証拠の取捨、証拠の証明力に関する原審裁判官の判断に特に不合理と目すべきものはなく、原判決に所論のような事実誤認の違法があるものとは認められない。この点の論旨も理由がない。

第三点、量刑不当の点について。

記録並びに原審において取り調べた証拠に現われている被告人の性格、年令、境遇、本件犯罪の動機、態様、その他諸般の犯情に照らせば、被告人に対しては罰金刑をもつて処断するのが相当であると認められ原判決の科刑は相当でないというのほかなく、論旨は理由があり、原判決は破棄を免かれない。

よつて刑訴三八一条三九七条により原判決を破棄し、刑訴四〇〇条、但書に従い、本件について更に判決する。

罪となるべき事実は原判決摘示のとおりであつて、法令の適用は次に示すとおりである。

公職選挙法二二一条一項四号一号(罰金刑選択)。刑法一八条。

追徴につき、公職選挙法二二四条。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下川久市 裁判官 柳原孝雄 岡林次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例